考えの発露

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漫画レビュー①『聲の形』 ネタバレあり

青春モノっていうんですかね。そういうの好きです。青春モノという括りの定義を今ざっくり考えてみたけど、心や考え方が社会に染まりきってない若い登場人物たちが、本音をぶつけ合ったり、人との関係に悩んだり、割り切り方を知らない感情に戸惑ったりするジャンルという認識です。たぶん。

建前や社交辞令に疑問を感じないような、感情よりも利益や打算を取れるような、いわゆる大人では青春モノは成り立たないでしょう。たぶん。

聲の形は作者の言葉を借りると「『人と人が互いに気持ちを伝える事の難しさ』の答えを作者自身が見つけ出せなかったため、『読者に意見を聞いてみたい』という気持ちで描いた」そうです。本音をぶつけ合うことの難しさや人との関係の難しさを説いてるので、この作品は青春モノと定義できると思います。たぶん。

 

大今良時『聲の形』

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聲と書いて「こえ」と読みます。声です。全7巻。

あらすじ:小学生の頃に、耳が聞こえず言葉をほとんど話せない転校生・西宮硝子をからかっていたガキ大将の石田将也。周りも便乗してからかっていたのに度が過ぎたせいで大事に。その途端に周りは手のひら返しで石田を責め、いじめるようになり、硝子はまた転校してしまう。石田はそれがトラウマとなり人間不信に。友達もいないまま高校生になった石田は人生を悲観して自殺を決意する。どうせ死ぬならやり残したことを片付けようと考え、硝子に会い、己の罪を清算しようとする。しかし、会って罪を認めたことを話してもまだ死ぬために罰が足りないと思った石田は、硝子の友達になって硝子のために生きようと決意する。それが硝子のため、自分のためと思いながら…。

 

硝子は言葉が話せないため手話やスケッチブックで会話をしますが、いつも優しい言葉を使います。何をされてもニコニコしています。優しい子なんです。でも独白はありません。というか石田と、硝子の妹の結弦以外独白がないです。基本的に登場人物たちは言いたいことをズバズバ言っていくので独白がなくても大体の本心は掴めますが、硝子だけは手話やスケッチブックを使って間接的に言葉を述べる。きっと、声を一度形にして思いを伝えるせいで感情的に思いを伝えられず、理性的になってしまうのでしょう。だから優しい。本心を隠してしまう。石田は泣いたり怒ったりしない硝子が気になって、このままいじめ続けたら何か反応があるのではと期待していじめを始めます。

彼女が内心で何を考えてるかわからないので、手話やスケッチブックを鵜呑みして彼女の内面を判断するしかない。なので彼女の本心を勘違いする訳です。読者も登場人物も。ここが上手い。途中まで完全に騙されました。石田が幸せになってきたところで硝子が自殺未遂を起こします。読者は今まで石田の独白と共に読み進めて来た訳だから、石田だけでなく読者も完全に不意打ち。硝子は自分のせいで石田が不幸になっていると思っていたので自殺未遂をしてしまったのです。ここで「人と人が互いに気持ちを伝える事の難しさ」を痛感する訳です。

硝子を庇って石田が頭を打ち意識不明になったところで登場人物たちの独白が始まり、彼らが何を考えて何を抱えていたか分かります。まずはその周りの登場人物たちについて整理していきます。

 

西宮結絃

硝子の妹。硝子のことをずっと近くで見てきたので、石田と同じく硝子を守りたいと思ってる。しかし、硝子は自分のせいで結絃がいじめられた過去を気にしており、結絃がいじめられないようにみんなと同じであろうとして無理に優しく振舞っていたことを終盤で知る。生き物の死骸を写真を撮り部屋に貼る趣味があるが、これはかつて硝子が一度だけ「死にたい」と言った際に硝子が死にたくなくなるにはどうすればいいか考えた結果。死骸を見れば死にたくなくなるだろうという気持ちは硝子に伝わっておらず硝子は自殺未遂を起こす。初めから「死なないで」と言葉で伝えていれば良かったと後悔する。

石田と同じく硝子の気持ちを理解しきれておらず、硝子と同じく声を形にしたことで思いを伝えられなかった人物。「人と人が互いに気持ちを伝える事の難しさ」を石田と硝子以外にも表してる人物。

 

佐原みよこ

石田の小学生の頃の同級生。小学生の頃に硝子に味方しようとしたことでいじめられ不登校になる。中学生になり自分を高めよう、自分を変えようと躍起になる。背が高いことを自信の源にしており、ハイヒールまで履いている。自分をいじめてた植野と中学校で再会して最悪だと思うも、このままではいけないと植野と仲良くしようとする。高校生になり偶然にも石田と硝子と再会し友達になる。石田は佐原を「自分より硝子のためになる存在なのでは」と思い硝子のために何をすべきか考えるきっかけにする。対して佐原は、偶然再会するまで硝子と会おうと思っていなかったため、硝子に会いに行った石田を「石田君は変われた。じゃあ私は?」と意識し自分も変わろうと再び強く思うきっかけにしていた。今も昔も硝子の助けになりきれなかったことを気にしている。最後には「石田君が大変だったっていうのに私まるで変われてない」と自信を無くすが、石田の「変われないことは俺だってあるよ。変わろうと足掻いてる時間のほうが大事だと思う」という言葉に救われる。

自分の弱さを認めて、変わろうとし続ける人物。石田と似た境遇から、石田と高めあっている人物。硝子を助けようと思いつつも行動し切れなかった人物。

 

真柴智

石田と同じ高校。イケメン。かつていじめられていた過去から、正義に熱く、初対面の相手だろうと悪と思えば容赦なく非難する。石田はそんな真柴を見てかつての罪の重さを意識したり、「正直、怖い奴だと思った。けど少し羨ましくも思った。俺が我慢してたこと(悪への非難)をやってしまったからだ」と思ってる。将来の夢は学校の先生。理由は「同級生の子供たちの先生になれたら幸せだと思って」と石田に話すが、実際にはかつていじめてきた同級生の子供たちがどんな罪を犯すか間近で見ることでモヤモヤした気持ちを昇華しようという魂胆がある。「自分は普通ではない、変わっている」という考えと「普通だ」という考えの間で揺れている。石田や硝子を「変わっている」と評価し、変わっている石田の側にいれば自分が普通だと実感できると思ったから石田と仲良くなったが、石田の硝子に対する献身さを見たことで自分は普通どころか愚かだと思うようになる。そんな自分への保身のためか「やっぱり石田君は変わってるなぁ」と考えるが、硝子のために手助けをし竹内から「さすが石田の友達だな。どーしようもない愚か者だ」と言われた際には微笑んでいる。川井に好意を持たれてるが意に介してない。

石田を普通=正しい奴だと思ってるが認めてしまうと自分が変わってる=間違ってることになってしまうから石田を間違ってる扱いしようとしたけど、やっぱり石田が正しいことは事実で、硝子の手助けをして石田のような奴と言われたことで自分は石田と同じ=正しい奴だと実感を得て微笑んだのでしょうか。自分は普通だと思いたい気持ちと実は変わってるのではと思う気持ちがごちゃ混ぜになってる気持ちはすごくわかるし、間違ってると思う人を身近に置くことで自分が正しいと思いたい気持ちもよくわかる。自分が正しいと思いたいから彼は堂々と正義を振るうんでしょうね。いじめをする人も、それを見て見ぬフリしていた人も、いじめが露呈したことがきっかけでいじめをしていた人が罪を着せられることに責任を感じない自分も、みんな勝手だなぁと考えているあたり、作中で一番感情移入しました。何が正しいかわかってて正義を貫きたいけど、正義を貫くと自分が損をすることもわかってる。だから悪い面も持ってるんだけど悪でいることはつらいからより悪い人を身近に置いて比較的自分は善と思いたいのでしょう。

 

川井みき

石田の小学生の頃の同級生。委員長。自分が可愛いと思ってるし一番正しいと思ってる。小学生の頃、自分が硝子のいじめを見て見ぬフリして間接的に加担していたのを棚に上げて石田にすべての罪をなすりつけた。石田が川井も加担してたと話したときは被害者面までした。高校で意識不明になった石田に千羽鶴を届けようとクラスに提案した際、クラスメイトたちに気持ち悪がられてることを知って「こんなに努力してるのになんでこんなことを言われるの?西宮さんや佐原さんもこんな気持ちだったのかな。小学生の頃は気づかなかったけどあれはいじめだった。でも石田君はちょっとだけ許してあげるべきかな」と独白の中でも徹底した罪のなさ具合。しかし、クラスメイトから気持ち悪いと言われた事や石田に「心底気持ち悪いと思う」と言われたことを意識しており、「自分の駄目なところも愛して前に進むの。自分をかわいいって思うの。そうじゃないと死んじゃいたくなる・・・」と述べてることから自分の駄目さを理解しながらも気づいてないフリをして自分が正しいと思い行動してる様子。

登場人物それぞれの独白でみんなが自分の弱さを見つめてる中で「本当は気づいていた・・・」と始まるから「おっ己の邪悪さにか?」と思ったら「私が実はかわいいってことに」と続いてドン引きしたし、そこから心底自分を善人と思ってる独白が続いたときはヒエ~となったけど、根っこでは自分は間違ってることに気づいてて、それでもそういう生き方をしないと死んでしまいそうになるので自分を誤魔化して生きてたことが分かり、彼女も可愛そうな弱者だったと判明した。彼女に同情できるか意見が別れそうだけど彼女を非難できるほど僕は強くないので同情してしまう。いじめを止めようとするのはすごく勇気が要ることだし、正しいことをしてる自分に酔いたいために委員長の責任を果たそうと頑張っていた彼女は、委員長でありながら硝子のいじめを許容してたことに曲がりなりにも罪を感じてたんではないでしょうか。そんな罪のある自分を許すためには考えを歪めてまで自分は善人であると思い続ける必要があったのでしょう。彼女がまったく善悪がわからない人間ではないということは、真柴が川井の本質を見抜くエピソードを話したときの反応でわかります。「いじめられたことがクラスで問題になったとき、自分は悪くないと言う人が現れ罪のなすり合いが始まった。いじめられた僕のせいでみんなの関係を壊してしまった。そんな僕は責任を感じるべきかい?」と問われ「そんなことないよ!あなたをいじめたクラスが最低なのよ」と答え、「自分は悪くないと言った人も?」と問われ「絶対その人ウソついてる!」と答える。真柴の問いは川井が石田に責任を求めたこと、川井がいじめに加担してないと嘘をついたことを暗に非難してるのですが、川井は気づいてません。何が正しくて何が悪いか本質はしっかりわかってるのに保身に走って考えを歪めていることがわかります。いじめた側の葛藤を持ってる人物です。

 

植野直花

石田の小学生の頃の同級生。その頃から今も石田が好き。石田が好きなので石田と一緒に硝子をいじめてた。石田が責められていたときは石田と共に罪を被ろうとしたが川井によって石田だけが悪者にされた。石田がいじめられ始めてからは周りに同調して石田をいじめていた。硝子が石田がいじめられるきっかけを作ったと考えている。そんな硝子が石田を庇っていたことから硝子を「許せない。ハラグロ」と思うようになる。高校生になってからも、硝子のせいで石田が不幸になってると決め付け硝子を責める。

「石田は私を選んでくれるだろうか。きっと選ばない」と感じていることから、硝子への当たりの強さは自分と石田の関係を壊したこと以外にも石田を取られる焦りがあるから。石田が好きなのにいじめに加担したことを負い目に感じていて、石田と硝子のために間接的に協力した際は「結局・・・私は見ていることしかできない・・・」と感じてます。川井と同じくいじめた側の葛藤を持ってます。

 

登場人物たちはそれぞれ様々な性格ですが、人が誰しも内面に抱える気持ちを表してると思います。みんな人間らしさがあるのです。それらの気持ちが硝子や石田と互いに影響を与え合います。

 

最後に、石田と硝子を見ていきます。

石田が硝子に罪を感じてると告げるところから物語が始まります。石田からしたらトラウマと向き合うつらいことで、前向きに生きていくには大事なことですが、硝子からしたらたまったもんじゃないですよね。いきなり自分のトラウマがやってきたんですから。でも硝子は石田を受け入れます。自分が悪いと思ってるから。自分が加害者だと思ってるから。硝子が弱者であることを盾にして強気に振舞えば石田を追い返せただろうけど、そうはしなかった。そんなことを出来るほど硝子は強くないのです。そんな硝子も石田がきっかけで罪と向き合おうとしていきます。では硝子の罪とは何か。本人が手紙にして書いています。「みんなと同じようになりたくて普通の子達と一緒にいたかった。でも同時にクラスのみんなに迷惑がかかってしまった。二つの気持ちで葛藤するうちに、作り笑いを続けることに精一杯になってしまった」。硝子が作り笑いだけでなくもっと物事を主張できていれば、石田が反応を期待していじめようと思うことはなく、みんなの関係が壊れることもなかった。自分が強くなかったことを気に病んでいたのです。硝子は中盤で自殺未遂をします。石田は硝子と向き合うことで罪を償うことが出来ていましたが、硝子の目には石田は自分と関わるほど不幸になってるように写り、石田と向き合うほど罪を重ねていく思いだったのです。そして罪に向き合え切れず逃げようとしたのです。

石田に庇われた硝子は今度こそ石田に頼らず罪と向き合い、自ら行動して自分が壊してしまったみんなの関係を直そうとしていきます。

 

この作品は、残酷なことですが、いじめに関わった主要人物みんなが被害者であり加害者でもあることを現していると思います。

結絃は硝子によっていじめられかけ、硝子に振り回された被害者であり、硝子の本音を理解できなかった上に硝子を苦しめるきっかけを作った加害者。

佐原はいじめの被害者であり、硝子を助け切れなかった加害者。

真柴もいじめの被害者であり、間違ってる人を正そうとしなかった加害者。

川井はいじめに間接的に関わった加害者であり、そんな自分を認めたくなくて自分を偽り続けた被害者。

植野もいじめに間接的に関わった加害者であり、石田との仲を壊された被害者。

石田は一番いじめに加担してた加害者であり、一番罪に苦しみ死のうとも思った被害者。

そして一番の被害者であるはずの硝子もみんなの関係を壊す最初のきっかけを作った一番の加害者であり、死のうと思うほど、石田と同じほど罪を感じていたのです。

 

しかし、彼ら、彼女らは作中でそのことに向き合ったことで成長していきます。

結絃は硝子に依存せずいられるようになり、学校も真面目に行く気に。

佐原はモデルや衣装作りの才能を活かし自分を高め続けるため東京へ。

真柴は不純な動機で先生になることをやめ、過去のクラスメイトと対話しに。

川井は自分を偽ることをやめて、「これがやりたいことだよ。これが私」と言えるように。

植野は石田に謝罪し硝子との関係を応援して、佐原と共に東京へ。

 石田と硝子は死にたいと考えなくなり、共に同じ将来の夢を抱き、それに向けて過去とさらに向き合えるように。

この物語は、彼ら、彼女らが罪と罰を自覚して生きてきて、成長し、これからも生きていく物語なのです。